ワークライフバランス・コンファレンス2016
開催レポートA
第2部:パネルディスカッション
第9回「ワークライフバランス大賞」受賞組織の取り組み
<受賞企業パネリスト> 井上 邦夫氏 大日本印刷株式会社 労務部部長
浅野 秀浩氏 株式会社お佛壇のやまき 代表取締役社長
津田 貴取氏 株式会社沖ワークウェル 取締役社長
<コーディネーター>
河野真理子氏 ワークライフバランス推進会議 幹事
/キャリアン 代表取締役
第9回「ワークライフバランス大賞」受賞組織の中から3組織の登壇のもと、パネルディスカッションが行われました。登壇者は、大日本印刷株式会社の井上邦夫労務部部長、株式会社お佛壇のやまきの浅野秀浩代表取締役社長、株式会社沖ワークウェルの津田貴取締役社長、コーディネーターはワークライフバランス推進会議幹事で株式会社キャリアンの河野真理子代表取締役が務めました。
河野 ワークライフバランスを新しい角度から見直した、今年の審査のポイントは、@中長期視点でのキャリア形成の支援、A時間のゆとりを生み出し、労働生産性向上につなげていること、B個人の学び直しの支援、C多様な個人ニーズに対応した柔軟な働き方の実現、D社会参画の支援、といった取組みを行っていることです。では、それぞれの会社の取り組みについてご紹介いただきたいと思います。
3つの活動が溶け合って、一体の活動に/大日本印刷
井上 ワークライフバランス、働き方改革、ダイバーシティ、女性活躍の推進、健康経営、ワークエンゲージメントなど、雇用環境をめぐるテーマはどんどん変化しています。これらの実現は社会的な要請というだけでなく、当社のステートメントである「未来へのあたりまえをつくる。」にもとづいた経営戦略そのものだと社内外に強く宣言し、活動を進めています。活動の大きな柱は「働き方の変革」「ダイバーシティ推進」「健康いきいき職場づくり」の3つで、それぞれの時期にそれぞれの意味をもってスタートさせましたが、時代とともに変化し続け、現在ではほとんど溶け合って、一体の活動になっているというのが実感です。
まず「働き方の変革」は、働き方の見直しによる長時間労働の撲滅、休暇取得率の向上、仕事と家庭の両立という点では、世間の多くの企業と同様ですが、強いて当社の特徴をあげれば、自己実現やキャリア形成、働きがいの向上、付加価値の向上、企業業績に資する活動などで、組織と個人の活動の連動にも結果的に符合すると考えています。
次に「ダイバーシティの推進」です。ダイバーシティの概念は広く多様ですが、喫緊の課題は女性の活躍推進です。労働組合、従業員、管理職層からもさまざまな意見がありましたが、現在は、女性の管理職数を一定数増やそうという数値目標を掲げています。女性の育成に関しては、特に職業意識やキャリア意識を啓蒙したり、意識づけしたりする教育がたくさんありますが、当社ではそれらに加えて、管理職がメンタリングのスキルを学んだり、女性部下と一緒にキャリア研修を受けるなど、マネジャーを巻き込んだ教育に力を入れています。
最後の「健康いきいき職場づくり」は、健康経営が叫ばれる中、かなり以前から従業員の心身の健康の維持・増進に取り組んでおり、全従業員を対象とした詳細なストレスチェックを実施しています。その結果は、個人だけでなく、組織にもフィードバックし、ワークエンゲージメントを高めるための指標にも用いています。
その他、勤務制度についても、裁量労働制やフレックス勤務制を導入しています。フレックス勤務はコアタイムなしが原則で、1日の労働時間が8時間、月20労働日の場合、コアタイムなしで月160時間を満たせばよいので、かなりの自由度があると思っています。さらに、育児や介護の短時間勤務にもフレックス制を導入し、1日6時間勤務であれば、同様に月120時間を満たせばいいということになっています。
制度改革と業務改革の2つのステップで推進/お佛檀のやまき
浅野 ワークライフバランスを進めて10年近くになりますが、どちらかというと必要に迫られて取り組んだということでしょうか。それは、私たちが取り扱っているお仏壇という商品の特性があり、買いに来られるのは、基本的に最近、家族を亡くされた人がほとんどです。私ども販売する側も、どのようにすればお客様の気持ちを汲んだ、満足のいく提案ができるかを常に考えてきました。そこで、好調に販売を進めている一人の社員の行動分析を行ったわけです。結果として、この社員はお客様に適切な心温まる提案をするため、自分の家族を自らの勉強の場として、会社から帰った後、家族と過ごす時間を共有し、そこから家族の素晴らしさを通じて、お客様にいい提案ができていると仮説を立てました。それ以降、私たちはスモールステップとビッグステップという2つの流れで改革を進めました。スモールステップは制度の改革で、就業規則を改定し、会社のポリシーを決めました。残業は10時間以内に制約し、有給休暇は100%消化することを宣言しました。さらに、人事考課や報酬システムの中に、残業を10時間以上した場合にはマイナス評価とすることを決めました。また、有給休暇を90%以上消化しない人は、翌年の給料についてマイナス査定とすることで、私の本気度を社員に伝えていきました。
就業規則を改定したのは2010年頃ですが、2013年になると有給休暇の消化率は90%を超しましたが、100%にはなりませんでした。そこで、12月1日の段階で100%消化の見込みができている人に対し、さらに10%のボーナス有休と金一封を与えることにしたところ、昨年、100%消化を達成できました。
ただし、これまで進めてきたスモールステップはどちらかというと、制度に頼ったもので、実際には業務の改善を図らなければ、休暇取得は難しくなります。制度を変えるだけのスモールステップには限界があることから、業務改革というビックステップに取り組むことにしました。
専門職の壁を取り払って、すべての社員がすべての業務ができるよう、多能職化を図ることで、ワークライフバランスが定着していきました。今まで経験のない業務にも携わるようになり、社員自らが率先して次の仕事は何かと、やる気が芽生えたことで、業績も高まりました。また、社員個人も自分から進んで休暇をコントロールできるようになり、互いに補い合う形でチームワークもよくなりました。小規模の会社ですので、舵を切るのが簡単だったという面では恵まれていたと思います。
重度障害者対象に、通勤不要の完全在宅勤務制度を構築/沖ワークウェル
津田 当社は、沖電気工業の障害者雇用を専門にする特例子会社です。従業員75人のうち、障害者が63人。従業員の8割以上を障害者が占めています。特例子会社では珍しくありませんが、当社の特徴は、車椅子を使用していたり、心臓に疾患があったりするなど、通勤が困難な重度障害者が自宅でパソコンとインターネットを活用して仕事をしているということです。つまり、障害者が在宅勤務をしている会社です。現在、在宅勤務者は全国約20都府県で43人います。社員75人のうち半分以上は出社していないという変わった会社です。上肢、下肢に障害があって、通勤困難な人には、就労機会がほとんどなく、社会参加できないという課題があります。ほとんどの会社では採用条件として最低限、通勤ができることというのがあると思います。そこで、通勤不要の完全在宅勤務制度を構築し、重度障害者が働くことを通じて社会参加し、生きがいをもってもらうことを目標に取り組んできました。
ソフト開発部門の経験者ならよく分かると思いますが、ソフト開発の世界では、自分の会社から離れて外注先で仕事をすることも普通にあります。ですから、重度の障害者であっても、車椅子を使っていても、パソコンが使えるなら働くことはできると考えました。そのことを会社に提案したら、ゴーサインが出たので、私はソフトウエア開発部門から社会貢献推進室に移って、重度障害者の在宅雇用を始めました。最初は3人採用し、あまり難しいことを考えずに増やしていって、現在は40人を超えています。
もう一つの大きな活動が、肢体不自由特別支援学校との連携です。障害者の在宅雇用を行っていたら、そのことが肢体不自由特別支援学校の先生の目にとまりました。パソコンができれば、家でも働けることを出前授業してください、という依頼がきたわけです。そこで、私と実際に車椅子で在宅勤務している社員とが学校に行って、在宅勤務という働き方を紹介すると、自分も何か働けそうだと、希望がもてるようになったといいます。
また、会社が学生を受け入れる職場実習では、実際に会社や工場に行って作業をするのが普通だと思いますが、車椅子の生徒にはそれがなかなか難しいわけです。あるとき、これも別の肢体不自由特別支援学校の先生からですが、パソコンが得意な子がいるけれど、職場実習には行けないので、家で職場実習を受けられませんか、という話が寄せられました。これをきっかけに、以来、当社の在宅勤務社員と電話やメールでやりとりしながら、在宅勤務形式の職場実習を十数年やっています。
それまで、ほとんど肢体不自由特別支援学校からは、社会性がないとか、パソコンができないということで、在宅勤務者を採用することはありませんでしたが、職場実習を通じて、パソコンが得意な子も出てきて、最近はこうした学校からの採用も増えています。
ワークライフバランスへの従業員の意識改革が課題に
河野 続いて、ワークライフバランスの取り組みにおいて、特に重点を置いたことや、難しかった点などについて伺いたいと思います。井上 働きがいの向上、自己実現やキャリア形成などを当社の特徴的な取り組みと言いましたが、これと関連して「生産性を意識した働き方の推進」活動があります。当社は、DNPグループという企業集団を構成していますが、会社の運動は、事業部、職場、個人という3階層で行うことが基本になります。また、製品やサービスごとにセグメントされた事業部グループという概念があり、事業部グループの中にはそれぞれ営業、技術、品質保証、製造などの部門があります。働き方の変革は、これらの事業部、部門ごとの特性を踏まえて活動しています。
事業部といっても、数千人規模ですので、その中に課、グループ、チームといった職場があり、チームメンバーには障がい者もいれば、育児短時間勤務制度を利用している社員も、外国籍の社員もいます。それぞれに個性があり、得手不得手があります。お互い助け合いながら組織のパフォーマンスを最大限に上げるために、自分たちは何ができるのかを考えようというのが職場ごとの活動の意味になります。同時に、個人には目標管理制度を導入しており、有給休暇の取得や時間外労働などを含め、期初に上司と目標を設定します。
しくみとしては、企業ポリシーから事業部方針、職場方針、個人の目標まで落とし込まれるようになっていますが、長時間労働も休日出勤も当たり前という時代を経てきた人たちの中には、労働時間を一定に抑えたり、休日・休暇を取得したりすることも、業績を向上させることにつながるという論理がなかなか腹に落ちない人もいるのかもません。ですから、弊社の社長が常々言っているように、対話を重んじ、本音で語り合うことで、論理の飛躍が感じられたり、すっきりしなかったりするところがあれば、腹に落ちるまで語り合うようにしています。
浅野 1日は24時間しかありませんので、家族といる時間を最大化させることは、会社にいる時間を最小化させることです。しかし一方で業績も向上させなければならない。つまり、休めば休むほど業績が上がるというトレードオフの関係をどう解消していくかに、一番頭を痛めました。
これをどう実現させていけばいいのか。やまきでは多能職化を進め、経理だけの人、販売だけの人、営業だけの人に、全ての業務を行わせ、職域の壁を取り外し誰でも同じ作業が行えるようにしました。みんなが作業を共有できる150ページのマニュアルを作成し徐々に浸透させていきました。制度に頼っただけのワークライフバランスではトレードオフの解消には結びつかなかったと思います。そこで「業務改善なくしてワークライフバランスの定着なし」というキャッチフレーズが生まれました。さらに、かんばん方式や無駄の排除など業務内容を見直す中で、業務の改善を加速度的に進めていきました。その支えとなった1つがIT技術です。
ハンディターミナルの導入やバーコード化によって業務の効率化を図り、今までの業務のやり方を全否定して取り組むことで、お客様に提案できる時間をしっかり確保しながら進めることができました。最初は抵抗する人もいましたが、多能職化で色々なことに携わり、技術や知識を吸収し、自分の可能性を広げることで、長く働ける自信がついたと言ってもらえました。そこにまでいく過程は本当に苦労しました。
津田 副産物として、障害者だけでなく健常者も在宅勤務やテレワークで便利になっています。
育児をする健常者の女性社員にもモバイル環境を整備することで、急な子どもの発熱など保育園からの連絡で早退する場合や、地域の活動で会社に来るのが大変な場合など、在宅勤務にして家で仕事を続けることができるようにしています。私の場合には来客などがあるため、在宅勤務は難しいこともありますが、一般社員の場合には、ほとんどデメリットはないと思います。
自社で開発した「ワークウェルコミュニケータ」、通称バーチャルオフィスシステムというものを使って、家にいても会社にいる社員に「ちょっと」というような雑談もでき、あとはファイルサーバーから一緒にファイルを持ってきて、打ち合わせなどもできますので、一般社員についてはメリットの方が大きいと思います。
それから、故郷にいる親が高齢になり、体が弱ってきたので施設に入ることになった時も、その手続きで1〜2カ月、故郷に帰らなくてはいけなくなった男性社員が、やはりモバイル環境で仕事を行ったということもあります。
高い従業員満足度に加え、採用にも好影響がある
河野 今回、選考のポイントに「個人起点」ということを入れましたので、従業員がどう変わってきたのか、その辺りの効果について感じられていることを伺いたいと思います。井上 ペーパーメディアの印刷を長らくやっていますが、現在はかなり技術系の会社にシフトしており、ここ数年、新卒採用も技術系の方が多くなっています。学生のみなさんは色々な思いをもって当社を志望してくれているわけですが、業態がどんどん変わっていくなかで、本人が得意とするものや、やりたい仕事、伸ばしたいキャリアといったものをできるだけ尊重したいというポリシーはあります。
また、当社では、自己申告や社内人材公募、それに社内FAなどの制度を導入していますが、社内FA制度の場合、社内に当人の希望する仕事のニーズがあるかどうか分からない段階で、自分にこういう仕事ができるので、私を引っ張ってほしいということを公言することになります。引きがなかったときのリスクがあるなかで、自ら手を挙げる自主性や、それができる雰囲気づくりなどは大切にしたいと考えています。
浅野 当社の場合、お客様からの外部観察によって従業員満足度を測っています。アンケートで「対応した従業員は、会社に満足していると思いますか」という設問に、97%のお客様が「従業員は十分満足しています」という回答をいただき、ちゃんと思いが通じているんだなと思いました。
また、採用に関しても現在、社員数は33人ですが、一つのポリシーとして、定員を50人と決めています。残り17人しか雇い入れられない中で、採用を進めていくと、当社の施策が評価され、昨年までの平均値で、120倍の倍率になっています。最終選考に残る人も、今まで私たちが考えられなかった人たちが応募してきてくれるようになり、すごく誇りとやりがいを感じています。
津田 重度障害の社員は、それまで福祉のお世話になっていましたが、本当は働きたい、社会に参加したいと思っており、働くようになって、仕事を通じて自信がもてた、社会に必要とされていることが嬉しい、といった声をよく聞きます。
特別支援学校の生徒たちも、当社の「ワークウェルコミュニケータ」を使って、学校間を接続し、社会見学をし合うようなこともやっています。友達ができたり、社会を知ったりして、実際に行ってみたい、もっとやって欲しい、といった話もあり、成長しているのではないかと思っています。
常識にとらわれず、自社に合った取り組みで
河野 最後に、会場の皆さんにメッセージをいただきたいと思います。井上 冒頭、働き方の変革、ダイバーシティ、健康いきいき職場づくりの3つの活動は「溶けてしまった」と言いました。つまり、女性の活躍促進を阻害するのも、心身の健康を損なうのも、その要因は長時間労働です。ですから、労働時間の問題にメスを入れる活動を推進していく中で、自ずと収れんしていったと思います。
当社にはかつて長時間労働という風土があったことから、働き方の変革によって生産性や業績の向上が望めるということを唱え続けてきました。当社がワークライフバランスを実現しつつ、業績を向上させ、広く社会に当社の製品やサービスを利用いただける会社になってこそ、一連の施策の成果が立証できると思っています。そのために社員一丸となって取り組んでいきたいと思います。
浅野 業務改革の推進では、それぞれの企業がオリジナリティをもって進めることが、定着に結びつくと考えています。仏壇屋には仏壇屋のやり方、メーカーにはメーカーのやり方があって、是非ともユニークな施策を色々と考えながら進めていただきたい。
それともう一つ、当社では色々な働き方を用意しており、例えば社員からパートタイマーになるのも自由ですし、勤務体系も週休二日の何時間勤務から、週休三日の何時間勤務に変わるというものも自由にできます。子育て支援として用意した短時間勤務制度への応募状況をみると、社会とのつながりを求める高齢者が多くなっています。企業という器の中で仕事をするためには、幅広い活躍の場をつくり、応用を利かせることが大切であると考えています。
津田 今の常識は、本来の常識ではないというか、将来の常識ではないと改めて思いました。18年前に障害者の在宅雇用を始めたころは、変人扱いされていましたが、まだまだ変な常識にとらわれていると思いました。浅野社長の話にあった、有給休暇を消化したらボーナスを出す。まったく発想にありませんでしたが、将来は当たり前になるかもしれません。もっと勉強する必要性を感じました。
河野 ワークライフバランス、または働き方が確実に次のステージに大きく進んだと実感しました。例えば業務のプロセスのイノベーションにつながっているとか、働き方というよりも、生き方改革につながっているとか、ある意味、成熟社会のありようが見えてきたように思いました。個人が成長して、それとともに組織が発展する中で、ワークライフバランスも推進されていくのだなと思います。一緒に次のステージに進んでいただければと願っております。
(文責:事務局)