ワーク・ライフ・バランス・コンファレンス2014
開催レポート@ 問題提起
「これからのワーク・ライフ・バランスを考える」
樋口美雄 慶應義塾大学 教授石塚邦雄 三越伊勢丹ホールディングス 代表取締役会長執行役員
神津里季生 日本労働組合総連合会 事務局長
2014年11月10日に行われた「ワーク・ライフ・バランス・コンファレンス〜第8回ワーク・ライフ・バランス大賞表彰式〜」での、ワーク・ライフ・バランス推進会議の推進委員による問題提起の内容をご紹介します。
樋口 ワーク・ライフ・バランス(以下WLB)をもう一度考え直そう、そしてまた新たな展開をということで、今日のディスカッションを進めていきたいと思います。WLBは、このところブームになってきています。景気が悪いときは、「WLBを進めることは企業にとってコストや手間がかかるが、果たしてそれは企業の経営力にどういう影響を及ぼすのか」という意見がありましたが、WLBの推進は働く者と同時に企業にとっても利益をもたらすのではないかと思います。
現在、いろいろな調査研究が進み、WLBに取り組み始めた数年間は大変かもしれないが、その後の企業の利益や生産性が上昇するという傾向が実証データで見られています。そこで経営者の方々にも、働きやすい環境が長期的に企業の持続可能性を高めるという視点から、WLBをぜひ進めていただきたいのです。
ではまず石塚会長から三越伊勢丹ホールディングスの取り組みも含め、お考えをお話しいただきます。
長時間労働への取り組みは最大の課題
石塚 企業そして小売業という立場でお話しすると、私どもでは3つの視点を挙げています。1番目に「安心して働くことができ、健康で豊かな生活のための時間が確保できる社会」。それに対して、企業が取り組んでいく必要があるということ。
2番目に「多様な働き方・生き方が選択できる社会」。その実現のために、企業が取り組んでいくべきことがあるのではないか。
3番目が「就労による経済的自立が可能な社会」です。
始めはWLBには女性の子育て支援として取り組んできました。その取り組みは大事なことですが、今は根本的に1番目に挙げた視点で取り組まなければ、WLB、あるいはそういう社会が実現できないと思っているところです。
WLBは女性だけでなく、現行の男性の働き方や、雇用制度を維持したままでのWLBは不十分である、という考えは正しいと思います。
その意味で、WLBを考える上で、あるいはこの第1の視点から、長時間労働への取り組みは非常に大事であり、最大の課題だと思っています。
当社では、長時間労働について昨年から3回ほど議論をしていますが、今年から女性の執行役員が1人入ってはいるものの、会議は上からの男性目線が多く、残業なしローテや、パソコンのスイッチオフ、資料の削減といった改善策レベルしか出てきません。まだまだ構造改革的な取り組みを進めなければということで、当社が行っている、営業時間の短縮と休業日の設定についてお話したいと思います。
私どもは、現場の販売員がお客様に対してしっかり接していくために、この取り組みを始めました。また、店頭におられるお取引先の販売員の方々が長時間労働になっているということで、お取引先から営業時間短縮、あるいは休業日設定のご要望がありました。そこで、現在、新宿、銀座、日本橋などで、営業時間の短縮をしています。
お取引先の要請ではありましたが、一方では別のお取引先から、売上が減るとの反対もありました。営業時間を短縮したり、休業日を設定したりすると、休業日前に食品の廃棄等が生じるなど業績的な影響があるからです。
また、お客様からは「利便性が損なわれる」というクレームやご意見がありました。
小売業はこれまで、お客様の利便性や業績拡大のために、長時間営業や夜間営業、無休営業をしてきましたが、それらが一方ではWLBを阻害しているのではないかと考えています。また、業界内での競争もあります。私どもが営業時間を短縮すると、隣の店では営業時間を拡大するということが実際にあり、競争が業界のWLBを阻害しているという状況が起きています。
私どもでは長時間労働を解決するために、営業時間の短縮や休業日の設定を行ってまいりましたが、このことで3つのことが浮き彫りになりました。
1番目は、自分たちだけでWLBに取り組むということはなかなか難しい。お取引先や多くの関係先のご理解、あるいは協力があってWLBというものができるのではないかと思いました。
2番目に、今までもサービス産業のWLBと消費者の利便性は反する面があるという議論がされていますが、消費者の利便性や独自性を重視することで、業界で競争が行われてしまっている。競争は本来大事な視点ではあるが、それがWLBを阻害している部分があるということです。
3番目は業績との関連です。営業時間を毎日30分短縮すれば、それだけでも年間180時間が短縮されます。これに対する業績のマイナスは、かなり大きいということで、業績責任を負っている店長やマネージャーなどの社内の上位職から一番の反対がありました。
しかし、先ほど樋口先生からお話がありましたように、WLB、あるいは営業時間の短縮は、お客様との接点の拡充・充実を目指すことであり、短期的には売り上げが減少するかもしれないが、長期的には利益が伸びていくのだという強い決意のもとにこの取り組みをしたわけです。けれど、社内での反対意見を鑑みても、長時間労働を変えていくための色々な問題の解決は、企業だけで取り組む部分もありますが、業界や行政と協力して行うべきところが多いのではないかと感じました。
樋口 WLBの動きにも広がりがある中、それぞれの企業がどう深めていくかという問題は、1社だけではなかなか対応することができない部分もあると思います。他との連携をどう進めていくのかという問題提起でした。 続いて神津事務局長から、連合あるいは個別の労働組合の取り組みについてお話をいただきます。
WLBの格差を広げないために取り組む
神津 連合では、政労使で合意をした憲章、行動指針に基づきながら、2008年から取り組みを進めています。6年ほど経ちますが、当然ながらできていることとできていないことがあります。できていないことは、根本的な意識の問題です。日本全体がそうであるように、まだ長時間労働が根強くはびこっています。残念ながら、一人一人が「長時間労働が当たり前の社会では世の中はうまく回らない」という意識にまではまだいっていない。連合としてはもっと運動を展開していく必要があると思います。
できていることは、労使関係の中で立場は違えども、同じ共通の目標に向かってしっかりと枠組みをつくってきていますので、それなりに問題を解決しているのではないかということです。
連合という立場は組合員のことだけ考えていればよいというわけではありません。雇用労働者全体のためにということを旗として掲げているのです。では全体ではどうかを考えると、先程述べた「できていないこと」と、「できていること」の両面にわたって、残念ながら格差が広がっているのではないかと思います。
例えば、36協定ですが、日本は特別協定を含めて労使で確認しさえすれば、条件なしでいくらでも働くことができてしまう仕組みなのです。意識の高い労使は自分たちの労働時間について、きちんと労使で枠組みを作り、その中でしっかり働いていこうという取り組みをしています。問題はそういう枠組みを持つことができないところです。
中小企業におけるWLBでは、本日表彰された組織のように、トップが素晴らしいリーダーシップをとっていることで、組合がなくてもきちんと取り組んでいるところもある一方、世の中にはそうでない、あるいは全く逆の例があることは皆さん方もご存じのとおりです。そうすると、もっと差が開いてしまう。中小企業のWLBの問題はそういうことではないかなと思います。
では、それをどう解決していくか。連合には、47の地方連合会があり、その中には260の地域協議会があります。今までは組織の中で決起集会などをしてきました。それももちろん大事ですが、もっと社会に向かって、中小企業の経営者団体の方々とも同じ意識を持ち、成果や生産性の向上とその配分、まさに生産性3原則をどうやって展開していくのかを含めて、広く社会に開かれたフォーラムを実施していこうということです。これは当然のことながら、賃金の問題だけではなく、むしろこのWLBにもしっかりと比重を置くことが大事ではないか、こんな議論を始めています。
社会がつながっている以上は、個別の対応だけでは難しい
樋口 組合員だけではなく、働く者全員、あるいは関連する地域にもWLBの推進がプラスになる取り組みを始めていくということですね。業種によって、特に顧客を抱えているところは自社だけの取り組みではなかなか問題が解決しない、どうしても他との協力が必要なのだとよく言われます。私も、出版社や新聞社から金曜日の夕方に電話があり、「月曜日の朝でよいから原稿をもらえないか」と言われることがよくあります。
また例えば、部品の納品を月曜日でよいからと金曜日に言われて、親会社は土日休んでいるにもかかわらず、下請け業者は土日も働いているということもある。
あるいは、正月に百貨店が1月2日から開店すると、関連するところは大晦日や元旦も働いているところがある。やはり社会が繋がっている以上は、個別の対応だけでは難しいということがあるのではないかと思います。
同じ会社の中でも、WLBが進んでいる部署と進んでいない部署とがあるように実感しています。ある電機メーカーの方に聞いたところでは、海外駐在の経験がある上司の部署ではWLBが進んでいるが、国内が取引相手の男型の部署ではWLBに対する関心がなかなか高まらないそうです。
そのように社会と繋がっているところのWLBの推進を進めるにはどうしたらよいか。石塚会長は、それをどう解決しようとお考えですか。
「理解を得る」ためにしっかり説明をしなくては駄目
石塚 これは営業時間短縮についての考え方をきちんとご説明する以外にはないと思っています。お客様が来店されたときに、営業時間を短縮したり、あるいは休業日にしたりしているわけですから、お客様の利便性を損なってしまっている部分は確かにあるのです。けれど、お客様とわれわれの接点をもっと充実するためであり、そのことが最終的にお客様にとってもよろしいのではないかと。あるいは販売員が長時間労働で疲れ果てた顔でお客様に接するよりも、笑顔で明るく元気な姿でお客様に接したほうが、お客様にとってもよろしいのではないか。お取引先にもお客様にも、これをやることがプラスなのだということをきちんと何回も説明をするということ以外には、なかなか理解は得られないと思います。そういう「理解を得る」ということをしっかりやらないと駄目なのです。樋口 私は今年パリに行きましたが、そこでは日曜日、お店はみんな閉じています。私は「これはままならぬ、日曜日に好きなものが買えないというのはどういうことか」と同僚に言いましたら、彼は「お互い様だよね。われわれだって生活が乱れることはハッピーでないのだから、向こうもそうだよ」というのです。
果たして開店を1時間長くしたり、日曜日に営業することでどれほど売上が増えるのかという合理的な視点に立つと、日曜日に開けたからといって、必ずしも業界全体で売上が増えるのではないかもしれない。逆にそれが分散して、平日の買い物が減るのではないかと考えると、どちらが合理的か分からないという話なのです。
まさにお互い様であると同時に、よく話をして、我が社はこうしたい、あるいは社員のためにこう取り組むということを、メッセージとして伝えることが重要だということです。
石塚 お取引先やお客様にはきちんと説明するのですが、そこでできないのは競争なのです。同業の方が「他店が営業時間を短くしたなら、休んでいるのなら、自分たちは営業しよう。そこで売り上げをプラスしていこう」という考えが働く部分がどうしてもあると思うのです。フランスはそういったことが全部法律で規制されています。百貨店も、昔は法律で営業時間が規定されていました。ですから究極的に業界のWLBを考えると、競争がどこまで本当によいのかを考えていく必要があるのではないかと思います。
樋口 カルテルと抵触しないとして価格競争は法律との関連が難しいかもしれませんが、営業時間についてはどうなのか、私も他業種や関連企業も含めてWLBを進めるためのプラットホームを、お互いにつくる必要があると思っています。
神津 労働条件については、どんどんやってしかるべきと組織の中でも言っています。いわゆる春闘のなかで賃金交渉の大詰めのところで、労働側は当然この要求も合わせて取り組むわけですね。それで経営側の皆さんは押し迫ったところで情報交換されるわけです。労働条件をきちんとして公正競争をしっかりやればよいと思うのです。やはり労働時間、WLBの問題も、一つの業種の中でどう問題意識を向上させていくかではないかと思います。
数字に表れない付加価値としての生産性も大事な要素
樋口 神津事務局長は先ほど、地域におけるWLBの取り組みは難しいところも確かにあるし、温度差もあるということでしたが、地域との関連ではどのように考えていらっしゃいますか。神津 最近、地方創生という流れの中で、いわゆるグローバルな競争をしている産業部門と、サービス産業を中心にローカルなところとの対比などが、いろいろな形でされています。生産性本部ではサービス産業の生産性を上げるための協議会も持っていて、その事例をどう横展開していくかは非常に大事だと思います。一口で生産性といっても、ダイレクトに数字に現れる付加価値だけではなく、サービス産業では、お客様がどう付加価値を感じるかという意味での生産性も大事な要素です。それも含めてお互いにいかに向上させていくかということではないでしょうか。
一方で、世の中のいろいろな枠組みもあります。連合も春季生活闘争の中で、中小企業の底上げをどう果たしていくのか、消費税率の転嫁の問題も含めた公正取引に関して、連合として働く者の立場でやれることをしています。中小企業庁をはじめ政府は相談ダイヤルを設けましたが、連合も労働組合だけではなくて経営者の方々からも、何かあったら一報くださいとしています。世の中にそれが大事だということを発信することが大切なのです。地方でも最低賃金はこの水準でよいのかということを申し上げています。今までの仕組みで安住するということではなく、どうそこからブレイクスルーしていくか、お互いに立場を超えて議論をし、高め合っていくということが必要ではないかと思います。
これからは点から面に展開していく必要がある
樋口 すでにWLBに取り組んでいる企業では、ぜひ今後は質的にも進化していただきたいのですが、それだけではなく、これまでは個別企業における取り組みが中心でしたが、これからは点から面に展開していく必要があると思います。それについて、ワーク・ライフ・バランス推進会議の中で2つの委員会が設置されています。一つは「WLBと質の高い社会を考える会」。ここでは、24時間営業という形態が、消費者にとってプラスとマイナスがある。お互いにこの点を面にし、連携を進めていくことが重要だとして、清家篤慶應義塾長を中心に議論をしています。
もう一つが、私が座長を務めている「WLBと地域の人づくりを考える会」。地域活動にもこの問題は必要との観点から、女性が働きやすい環境を整えると同時に、男性も含めて地域の問題を考えていく上で、今までのような働き方だけでよいのか、問題を提起しています。
そのほかに、WLBに取り組んでいる企業がそれを進化させるために一つの提言を私もしたいと思います。それは転勤の問題です。特に大企業では、数多くの社員が2年、3年という周期で引っ越しを伴う転勤をしていく。夫婦で子どもを育てたいと思っていても、単身赴任という環境では、なかなか難しいということもあります。あるいは女性の継続就業、管理職への登用でも、地方を何回経験したかを基準に設けると、女性の管理職を増やすことや継続就業を進める上で困難が生じるという側面があります。
そして3番目が、単身赴任でその地域に短期間しかいない人が、地域の活動にどこまで真剣に取り組むことができるのかという問題を考え、「明日の地域を支える人材づくりを」という提言で問題提起をしたわけです。
単身赴任で2年や3年来た人たちにこの地域でどういうことをやりたいかと聞いても、「実は私は、土日は東京に帰っています」とか「生活はしていない、働いているだけです」と、人材の確保が難しい実態があるのです。
また、PTAで活動する人も多くが母親という現状ですが、このような問題をどう考えていくのか。企業にとって、今まで培ってきた転勤制度は確固たるものであり、人材育成においてもプラスなのが事実だと思います。ただ、これだけ多くの人たちが辞令一本で動く社会というのは非常に珍しい。その点はいかがでしょうか。
石塚 これは、個々人の働き方に対する多様な考え方があると思います。自分は地域にとどまってその地域と共に成長したいという方もいらっしゃる一方で、全国を歩いてそれを糧として成長したいという方もいらっしゃるのではないでしょうか。企業としては、働き方に対する多様な考え方に対応できる制度や、転勤に対するものを組み立てていく必要があるのではないか。それが一つの解決策になるのではないかと思います。
神津 基本的には労使関係の中でどう解決していくかではないかと思います。日本人の働き方は強みと弱みという裏腹の部分が同居しています。長期安定雇用の良さを日本の社会から失ってしまうと二度と取り返せない、どこの国とも一緒になってしまうのではないのかと思っています。そして、強みと弱みは表裏一体で、今の転勤の話にも通じますが、会社の発展のためだとか、あるいは窮地をみんなで力合わせて救うために、労使でどう窮状を脱していくかというときに必要なこともあるので、良し悪しが混在し、なかなか難しいのです。
ただ、今までと同じように、長時間労働や転勤を全ての前提として、だから長期安定雇用なのだということは、社会として成り立たないのは間違いないと思います。それをどう解決していくかは、制度面での対応も含めて、個々の労使でどれだけしっかりと互いに納得できるものをつくり出すかということではないでしょうか。
WLBに社会的な目標があってもよい
樋口 労使で十分ご議論いただいていますが、その中に入っていない人たちも外部にはおります。その人たちのほうが、ある意味ではこういう要求が強いところがあり、これから働く人たちも含めて、どのようなものがよいのかを議論いただきたいと思います。同時に、転勤が駄目だということではなくて、あまりにも頻繁に行われるということが問題だと思うのです。本当に企業にとってのプラスの制度になっているのか、そしてキャリア・アップにつながるのか、その点についてもう一度検討する必要があるのではないかというのが1点。
もう一つは、技術革新がここまで進展しているのだから、出張や転勤をしなくても、テレワークやテレビ会議を利用できるのではないか。そうなると移動しなくても情報の共有が図れるのではないかと思うこともあり、今後の展開の中で、ぜひ考えていただきたいと思います。
このような運動はどれだけ具体的に効果を上げているかと、企業経営者の方に必ず成果を問われます。PDCAサイクルを回すことが必要だということはあります。WLBについても公表するかどうかは別として、各社に目標を掲げてやっていった方がよいのではないかという意見もあります。一方、これはそういう問題ではないという意見も聞かれます。これについてはどうお考えでしょうか。
神津 数値は、女性の活躍の推進法案にしても、審議会の議論の中でも基本的にはオープンに扱われるべきだと申し上げてきました。WLBについても、できるだけ企業側から公表していただくということで、世の中全体の雰囲気づくりに繋がっていくのではないかと思うのです。
また、連合でも2000人規模の女性集会を毎年行っているのですが、今回も女性の活躍推進をテーマに、勤続年数を含めいろいろな指標について話し合われました。WLBは女性だけではなく男性も、「そういう企業だったら行ってみたい」と感じるという指摘がありました。
企業経営側からすると、何もかも一律的にというのはいかがかという部分もあるとは思います。しかし、そういうものを取り上げることが、企業としての発信、PRにもなっていくという視点でぜひ見ていただきたいと思います。
石塚 今、会社に女性管理職30%という目標数値が政府から出ています。あるいは企業の中に女性役員を置きなさいという話も出ている。
女性の活躍推進をする上で、WLBは欠かせないと思うのです。ベースとなるWLBに取り組んでいかない限りは、女性管理職30%であるとか、役員であるとか、あるいは130万円、103万円の壁ということもなかなか実現できないのではないかと思います。WLBに対して、自分たちもそうですが、社会的な目標もあってよいのではないでしょうか。
樋口 先ほど、個別企業の競争という問題と共通の相互理解の両方必要だということでした。有給休暇の問題として、日本は労働者の権利として休暇取得を申し入れることができることになっています。それに対しヨーロッパは、企業経営者の義務だとしており、ベースは100%取得なのです。やむを得ず消化できなかった場合、会社がペナルティを払う仕組みです。
このような共通の基盤を法律という形で用意してくれたら、という話も片方では起こっています。その一方で、個別企業がWLBを進めていく上で、どういう方向が効果を持つかについても、いくつか定説が出ています。
1つ目はやはり企業経営者が常にWLBの促進が重要であるという情報を発信することです。
2つ目に管理職の意識改革。管理職の査定基準の中に、部下の有給休暇消化率や残業時間を入れることが、会社としてのメッセージがよく伝わるというところもあります。先ほども、休日を増やすと業績が落ちるのではないかと心配するのは、管理職だということでした。逆に業績を上げるという中に、こういった視点を入れていくことが必要ではないかという指摘もあります。
そして3つ目が一般職員の意識改革。早く帰ることに罪悪感を持っている場合が多いのです。そうではなくて、これは自分のやる意欲を高めるための投資なのだと考えられる環境。あるいはお互い様で、自分だけではなく他の人にもそういったフレキシビリティを認めていくことが必要だと、これがあるとうまくいきますよということです。
また、やはりそこには魂がいるだろうということで、このあとの展開として点から面への広がり、そしてまた地域への広がりといった形で進めていくことを、ぜひ皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
(文責:事務局)
※「ワーク・ライフ・バランスと質の高い社会を考える会」および「ワーク・ライフ・バランスと地域の人づくりを考える会」の提言はこちらでご覧いただけます。
【プロフィール】
樋口美雄(ひぐち・よしお)
慶應義塾大学 商学部 教授
ワーク・ライフ・バランス推進会議 推進委員。
商学博士。専門は、労働経済学・計量経済学。1980年同大学大学院商学研究科博士課程修了。1991 年現職。2009年〜2013年慶應義塾大学商学部長・大学院研究科委員長、2010年〜2014年日本学術会議・経済学委員会委員長、現在、内閣官房・まち・ひと・しごと創生会議・構成員、内閣府・政労使会議委員、内閣府・ワーク・ライフ・バランス推進官民トップ会議委員、厚生労働省労働政策審議会会長等公職多数。日本創成会議メンバー。
石塚邦雄(いしづか・くにお)
且O越伊勢丹ホールディングス 代表取締役会長執行役員
ワーク・ライフ・バランス推進会議 代表幹事
1972年東京大学法学部卒業後、三越入社。本社業務部長、経営企画部長、営業企画本部長、執行役員を経て、2005年に代表取締役社長執行役員に就任。2008年三越伊勢丹ホールディングス代表取締役社長執行役員、2012年三越伊勢丹ホールディングス代表取締役会長執行役員、及び三越伊勢丹代表取締役会長執行役員に就任し現在に至る。
神津里季生(こうづ・りきお)
日本労働組合総連合会 事務局長
ワーク・ライフ・バランス推進会議 推進委員
1956年東京都生まれ。1979年新日本製鐵株式会社(現・新日鐵住金)入社。1984年新日鐵本社労働組合執行委員。以降、鉄鋼労連特別本部員、新日鐵労連書記長などを歴任し2002年新日鐵労連会長に就任。その後2006年基幹労連事務局長、2010年基幹労連中央執行委員長を経て、2013年10月より現職。