ワーク・ライフ・バランス・コンファレンス 2012
開催レポート
―第6回「ワーク・ライフ・バランス大賞」表彰式―
2012年11月15日、「次世代のための民間運動〜ワーク・ライフ・バランス推進会議〜」と公益財団法人日本生産性本部は東京都内で、「ワーク・ライフ・バランス・コンファレンス2012」を開催した。 ワーク・ライフ・バランス推進会議では、2006年8月の立ち上げ以来、「働き方」と「暮らし方」双方の改革を図り、「調和のとれた生活」の実現を図る運動を進めている。同コンファレンスは今年で6回目であり、ワーク・ライフ・バランス推進の社会的意義を高め、より一層の普及啓発を目指している。当日は約180名が参加し、基調講演、「第6回ワーク・ライフ・バランス大賞」の表彰式、受賞した3組織による事例紹介が行われた。
「開会あいさつ」
冒頭、ワーク・ライフ・バランス推進会議代表幹事で全日本空輸株式会社取締役会長の大橋洋治氏が挨拶に立ち、「ワーク・ライフ・バランスの考え方は、日本の重要なテーマとして社会に浸透してきた。仕事と介護の両立など、年々新しい観点の取り組みも増えている。こうした中で、昨年3月の東日本大震災は、私たちがワーク・ライフ・バランスについて考え直す一つの機会になった。ワーク・ライフ・バランス推進会議では、時代の変化を読み取り、企業・産業が抱える課題について、これからも提言等メッセージを発信していきたい。今回受賞された組織の取り組みも、みな素晴らしい内容であり、これからの企業のあり方や、個人の働き方などの改革に向けて、参考にして欲しい。」と述べた。「企業経営とワーク・ライフ・バランス」
続いて、昨年の「第5回ワーク・ライフ・バランス大賞」大賞受賞組織である、日本アイ・ビー・エム(以下、IBM)株式会社取締役会長の橋本孝之氏が、「企業経営とワーク・ライフ・バランス〜日本IBMのワークライフ・インテグレーション推進の取り組み〜」と題して講演を行った。ダイバーシティーは企業成長に不可欠な"ビタミン"
IBMが「ワークライフ・インテグレーション」を推進しているのはなぜか。これは、自社のビジネスがグローバル化し、国や文化の違いを超えた協働が不可欠になったことに密接に関係している。様々な違いを封じるのではなく、グローバル競争を勝ち抜いていくための付加価値≠ニして有利に生かす。その施策こそが、ダイバーシティーである。
ダイバーシティーを私なりに解釈すると、阿吽の呼吸が通じない居心地の悪い環境≠作り、新しい価値を創造することである。多様な価値観が存在する環境は、自立した個人を育み、社員の議論がイノベーティブになり、組織はもう一段上のステージに進む。ダイバーシティーの推進は、社会的責任を果たすための義務ではなく、もはや企業の成長にとって不可欠なビタミン≠ネり栄養≠サのものである。そして、その実現のための施策の一つが「ワークライフ・インテグレーション」なのだ。
業務のスキル生かし社会貢献
日本IBMの「ワークライフ・インテグレーション」推進施策は、大きく三つある。 一つ目は「柔軟な労働環境」。働く「時間」と「場所」に関する施策拡充の結果、女性の定着率、女性の管理職比率、ワーキングマザー率が向上、出産数も過去5年間で50%増と、大幅に増加した。男性の育児休職者も2011年実績で15人、平均120日と、珍しいことではなくなってきた。
二つ目は「社会貢献」。業務で培ったスキルを生かし社会課題の解決に貢献、かつ地域との結びつきを強くするためのプログラムの展開や、社員個人の自発的なボランティア活動を推奨している。中でもユニークなのが、2008年に始まった「Corporate Service Corp(IBM版海外協力隊)」だろう。社員10人前後でグローバルチームを編成し、新興国に1カ月間滞在し、現地のNPOとともに、政府や教育機関が抱える問題の解決を支援するものだ。IBMのポリシーである良き企業市民≠ニしての社会貢献と、将来のグローバルリーダーに必要な知見や人脈を得るという二つの目的を兼ねるのも特徴だ。これまでに140以上のチーム、1200人以上が参加し、日本からは約70人が20カ国に派遣されている。
三つ目は「次世代育成」。若い世代に科学やキャリアへの関心を喚起するための取り組みだ。小中学生対象の「E―WEEK」(IBM技術者による出前実験教室)、中学1・2年生女子対象の「EX.I.T.E.Camp」(理系女子養成キャンプ)、高校生対象の「ヤング天城会議」(次世代グローバルリーダー育成)が代表的なプログラムで、これらにも多くの社員がボランティアで参加している。
こうした社会貢献活動は、地域との結びつきから新たに得るものがあったり、子ども達から元気をもらうことが、社員のモチベーション向上に貢献している。
震災前から様々な施策を講じていたものの、育児や介護、勤務時間帯が異なる海外との業務など、時間に制約のある社員の活用が中心だった。しかし東日本大震災直後に首都圏は通勤困難な状況に陥り、多くの社員が在宅勤務となった。この時の経験は、社員個人のリスク管理意識の向上に加え、ITの活用でさらに多様な働き方ができるのではないか、という考え方の変化を生んだ。
一方、一企業の枠を超え日本の将来を展望した際、「ワークライフ・インテグレーション」にはどんなチャレンジがあるだろうか。
一点目は、日本は女性の政治経済への参加が先進国の中で極めて低いことだ。世界経済フォーラム発行の「The Global Gender Gap Report」を見ると、残念ながら日本のジェンダーギャップ(男女格差順位)は先進国で最下位である。米国のNPO「国際女性経営幹部協会」(CWDI)発表の女性の取締役数を見ても、日本は1.4%、上場企業は監査役会の40%を女性にすることを求めるEU諸国には遠く及ばない。
ある調査レポートによると、日本が高学歴の女性をより有効活用すれば、就労人口に820万人の頭脳が加わり、経済が15%拡大すると試算されている。少子高齢化の解決のためにも、社会における女性の活躍の場をさらに増やすことが大事だ。
二点目は、たとえば、「努力と結果は直接的な比例関係にある」「仕事の量が質より大切だ」「権限委譲はしないほうがよい」といった、働き方への誤った認識を変えることである。
そして三点目は、ITを活用して仕事のやり方自体を変革し、新しい働き方を実現することだ。例えば遠隔地や多拠点間での会議は、Webコラボレーションツールを使えば、場所の制約の解消、生産性の向上に加え、多様な機能の活用で創造性が高まるなど、会議自体の質も変革できる。また、変化の早いビジネスへの適応力を高めるべく、業務インフラを標準化し、効率性の高いバックオフィスの仕組みを作ることも大切だ。
こうして一つ一つを変えていく過程で、「24時間という有限の時間をどう活用するか」を意識するようになる。
自分を支える軸を三つ持て
私はよく社員に、毛利元就の「三本の矢」になぞって、仕事と家族に加え、趣味やボランティアなど「自分を支える軸」を必ず三つ持つように諭す。軸を複数持つことができれば、もし何か困難な状況に直面しても、健全な精神を維持でき、回復も早いと確信している。
「第6回ワーク・ライフ・バランス大賞表彰式」
第6回ワーク・ライフ・バランス大賞の表彰式が行われ、公益財団法人日本生産性本部会長の牛尾治朗より、受賞組織の代表者に表彰状と記念の楯が授与された。(受賞内容についてはこちらをご覧ください。)受賞者を代表して、大賞を受賞した株式会社アイエスエフネット代表取締役の渡邉幸義氏が挨拶し「私どもでは創業当初から就労困難者の雇用創出に取り組んでいる。就労困難者に合わせた施策が必要で、苦労も多いが、本日は苦労が報われた気がする。日本には就労困難者が2500万人居るともいわれている。この人たちが雇用されるようになれば、日本はもっと良くなる。これからも精進していきたい。」と述べた。
また、日本生産性本部会長の牛尾治朗は祝辞で、「日本は世界で最も早く少子高齢化が進み、今後どうするのかを世界中が注目している。これからの社会は、人の生きがいが優先する社会になる。職場はそのための手段である。誰でも、どこかに有能な部分があり、それをいかして十分に社会、職場に貢献できる。今回受賞された会社は、社内で既にそのことを実践し、本当の意味で企業と人間にまたがった生産性を実現している。このような立派な会社があるということを誇りに思うとともに、受賞された皆様にお礼と賞賛、喜びを述べたい。」と挨拶した。
「ワーク・ライフ・バランス大賞 受賞者の成功事例に学ぶ」
表彰式に続いて、「受賞者の成功事例に学ぶ」と題してパネル討論が行われた。登壇者は、受賞企業の中から、株式会社アイエスエフネット専務取締役本村誠基氏、第一生命保険株式会社人事部ダイバーシティ推進室部長吉田久子氏、東日本旅客鉄道株式会社人事部課長松澤一美氏の3氏。コーディネーターは、ワーク・ライフ・バランス推進会議推進委員でアパショナータInc.代表のパク・スックチャ氏である。本村氏は、「20大雇用と呼ぶ、20分類の就労困難者の雇用を作ろうとしており、障がい者雇用に力を入れている。社内では障がい者という言葉は使わず、FDM、フューチャー・ドリーム・メンバーと呼んでいる。 関連して紹介したいのは、ドリームポイント制度である。育児休業明けの女性のために作ったもので、仕事を標準化したうえで細かく切り分け、たくさんの簡易な仕事を切り出しておくという仕組み。育休明けの女性が、すぐに負荷なく切り出した仕事に取り組むことができること、出産・育児を理由に退職する社員が減った効果があった。さらに、病休明けの人や障がい者雇用でも使える。
もう一つ、コア(CORE)制度がある。社員、課長、部長というリアルな組織とは別に、家族主義の組織を作っている。親子関係のような組織で、親が子をフォローするように社員のスキルやモチベーションを下支えしている。
企業としての理念や哲学といったものを大切にしている。これについて社長が話したことを動画で全社員に配信し、会社の考え方、行動基準などを密に社員に伝えている。
ダイバーシティの意識付けとして、障がい者雇用の特例子会社で、社員が障がい者と一緒に就労体験ができるという仕組みがある。障がい者と一緒に働くことで、障がい者への偏見がなくなり、先に紹介したドリームポイントも活性化するなどいい効果が出ている。
木曜日にはトラブル会議をやっている。全幹部が集まり、各種トラブルについて、社員のメンタル不全の可能性も含めて検討している。メンタルの問題があれば、重症化しないような取り組みをしている。
課題としては、精神障がいの方の就職がある。今は、軽度の身体障がいの方は引く手あまただが、精神障がいの方は相変わらず難しい。
20大雇用に取り組んでいるが、まだ全てを達成した訳ではない。また、本当にやっているの、という疑問もあるだろう。特例子会社で見学会をやっているので、実際に来て、見て、感じて欲しい。皆さんと一緒にダイバーシティ雇用を推進し、日本を元気にしたいと思う。」と述べた。
吉田氏は、「弊社は、職員のうち女性職員が9割を占め、内勤に限っても6割が女性。女性の能力を活性化したいという背景がある。会社のグループビジョンの一つに「いちばん、従業員の活気あふれる会社」を掲げている。また「DSR憲章」(企業行動原則)の中では、会社としてダイバーシティ推進に取り組むことを明確に定めている。そして、その実現のためには、ワーク・ライフ・バランスは必須の条件である。経営トップはダイバーシティ推進とワーク・ライフ・バランス推進について、さまざまな場面でメッセージを発信している。こうした取り組みを継続していることが弊社の特徴とも言える。
具体的な取り組みとして、「ワークスタイル変革」として、業務量の削減と業務の標準化等の取り組みと妊娠から出産、子育て支援、介護支援等の「ファミリー・フレンドリー施策」がある。珍しい取り組みとしては、孫誕生時に3日間の特別有給休暇を取れる孫誕生休暇がある。
こうした取り組みの成果としては、職員の意識が変わってきたということを強く感じている。まだ意識の差はあるが、ワーク・ライフ・バランス推進への理解は進んだ。
課題としては、男性の育休取得者は増加したが、将来的にはもっと男性の育児への参加者を増やしたいと考えている。
ワーク・ライフ・バランスを推進するにあたっては、自社にとって何のためにするのかということが大切であり、弊社の場合は、職員の大半を占める女性の活性化をすることが企業の持続的成長に繋がるという明確な経営判断があり、取り組みが進んだと考えている。」と述べた。
松澤氏は、「弊社は創業時の女性比率は0.8%。今8.0%に到達し、よく言えば10倍になった。女性が集中して配属になっている職場がある反面、まだ女性が配属されていない職場もある。いろいろな取り組みみが進んだのは、トップのリーダーシップが大きかった。元々、男性が多かったモノカルチャーの会社で、結果それが国鉄破綻を招いたという経験と民営化という船出の勢いは、女性の活躍に期待し、採用に積極的になった。
また、「駅の近くに保育園があれば通勤に便利」という社員の一言から、女性の社会進出を後押しする駅型保育園事業をスタートした。2007年に男女共同参画グループ、2008年から駅型保育園の開発チームを設け、一気呵成に取り組んだことが現在の成果になっている。2010年には、社内では24時間保育をする事業所内保育所の設置や、短日数・短時間勤務制度を導入し、さまざまな勤務形態、職場の社員が利用している。駅型保育園も、その価値が認知され、20ヶ所(2007年4月当時)だったものが、61ヶ所(2012年10月現在)になっている。
今後の課題は、これまで良いと思ったものにはトライしてきた。結果、制度の導入等選択肢を増やすことができたが、PDCAを回して見極めていきたい。こうした取り組みは、会社の好不調にかかわらず、続けるということが大事だと思う。
推進担当は、ポジティブシンキングが必要。協力する他部署とゴール感を共有して、進めることが大事で、会社の目標だからやれでは難しい。」と述べた。
パク氏は、「審査の過程で感じた受賞組織の共通点が2つある。一つは、トップのコミットメントの強さ。もう一つは、継続して取り組んでいる。
ダイバーシティについてはトップのコミットメントが一番大切で、次は上司である。ダイバーシティマネジメントのスキルは、従来のマネジメントスキルとは違う。これは、学ばないといけない。登壇者の話にあった男性の育休については、短くてもよいと考える。ただし、1日でもいいから必ず全員が取る。取るのをあたりまえにするところから始めたい。」と述べた。
(『ワークライフ』vol.002より/文責:事務局)