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日本生産性本部主催 講演レポート

ダイバーシティ経営における女性活躍


SAPジャパン株式会社  常務執行役員人事本部長
/ワーキングウーマン・パワーアップ会議 推進委員

アキレス美知子氏



2015年7月22日に行われた日本生産性本部・会員月例研究会でのアキレス美知子氏の講演内容をご紹介します。



あらゆる次元で多様化が進んでいる

 ロンドンビジネススクールのリンダ・グラットン氏は『ワーク・シフト』という本の中で、未来を決定する要因は5つに要約されると言っています。
1つ目は、テクノロジーの進化です。例えば、コミュニケーションのとり方も、若い世代はメールより、FacebookやLINEを使っています。
 私は今年1月からSAPジャパンというドイツ系テクノロジーの企業で、人事のトップを務めています。きっかけは、多くの経営者やプロフェッショナルと話す中で、テクノロジーを抜きにして今後の経営、人事はあり得ないと深く気づいたことです。IT分野は未知の世界でしたが、思い切ってチャレンジすることにしました。
 2つ目は、グローバル化の進展です。労働人口が減少し、消費者も成熟している環境で、ビジネスを広げるにはグローバル展開が不可欠です。テクノロジーと相まって、世界中が容易につながる時代になりました。グローバルというと20年前は欧米中心でしたが、この10年はアジアが中心になり、ビジネスの展開やスピードもかなり違います。
 3つ目が、人口構成の変化と長寿化です。定年も65歳まで延長されましたし、数年後には70歳になるのではという話があるほど、シニア層が元気に働き、消費者としても活躍しています。一方で、出生率が下がり、若い年代の比率は少なくなっています。
 4つ目が、社会の変化です。5年前は、ダイバーシティや女性活躍推進がこんなに話題になると誰も思っていなかったでしょう。組織のあり方や、市場における購買力を含めて、今後も社会に変化を起こしていくと思います。
 最後がエネルギー・環境問題です。地球レベルでの環境に対する影響を抜きにして、これからのビジネス、そして社会は考えられません。
 このように、いろいろな要素が絡み合って未来が形成されますが、一つ言えるのは、あらゆる次元で多様化が進んでいくということです。つまり、このやり方さえやっておけばOKという時代ではありません。今後はさらにいろいろな価値観が錯綜していくでしょう。

日本の企業が捉えるダイバーシティ

 2001年に経団連の研究会がダイバーシティの定義を作っていますが、10年以上経っても、なかなか浸透までは進みませんでした。その理由の一つに、個性を持った人たちがそれぞれ意見を言うと、意思決定が大変ですし、効率がよくないという事があります。日本企業の成功には、製造業を中心に効率を追求することが重要で、多様性とは相入れない面があるようです。
 しかし、そもそも企業の目的は効率性の追求ではありません。もちろん、軽視はできませんが、何より優先すべきは顧客への価値創造そのものです。そして今、グローバルに広がる多様な顧客に応えるには、異なるバックグラウンドを持つ人々によるコミュニケーション、コワーキングが欠かせません。
 スイスIMDのマズネフスキー教授は「多様な人材を活かす組織が未来を創っていく」と言っています。
 では、日本の企業ではダイバーシティをどう捉えているのでしょうか。
 まず性別、これが女性活躍推進です。
 それから国籍。外国人を雇用したり、ビジネスの海外展開をするには、国籍を超えたマネジメントが必要です。
 次に宗教です。イスラム圏の顧客を対象にする企業もかなり増えました。
 性的少数者のLGBTもあります。日本でも少しずつLGBTの動きが表に出てくるようになってきました。
 身体能力の制約。制約はあっても一員として働いてもらうことが重要です。
 年齢もあります。シニア世代が高い意欲を持ち続けて働くにはどうしたらよいか、これは少子高齢化が進む日本にとって大きな課題です。
 このような視点の中心に、社員一人ひとりの個性があり、個々の違いだけではなく、複合的な違いと向き合い強みに変えていく経営・人事施策が求められています。















 活かし成果につなげてこそダイバーシティ

 10年ぐらい前から「ダイバーシティ&インクルージョン」という言葉がグローバル企業で使われています。その意味は、多様な個性を持つ人たちがお互いを受け入れて、連携しながら、それぞれの強みを活かして活躍し、成長していくことです。ダイバーシティでは、多様な個性を尊重することに重きを置いていますが、インクルージョンは、いかに多様な個性の強みを引き出し、同じビジョンや目標の下でチームとしてやっていくかが重要になります。
 昨年ある企業へ講演に行きました。外国人の社員比率は1割を超え、役員の半分が女性という組織です。その時に「貴社はこれだけ進んでいるのになぜまだ取り組みをするのですか」と社長に伺うと、「確かにダイバーシティは当たり前の企業文化になっているが、インクルージョンがまだ足りない。バラバラに個性があるだけでは、とても会社や事業において力になり得ない。だから、インクルージョンをもっと強化したい」とおっしゃるのです。
 違いを認めるだけではなく、活かして成果につなげてこそ、企業におけるダイバーシティの意味があるのです。

女性活躍推進は経営課題

 女性活躍推進の経緯を振り返ると、まず男女雇用機会均等法が1986年より施行されました。採用や教育で男女差別はしない、法令遵守、コンプライアンスの観点から平等にという時代です。
 2000年前後になると、企業の社会的責任・CSRという考えが入ってきました。ワーク・ライフ・バランスという言葉もこの頃から使っています。多くの企業が両立支援策を取り入れ、産休だけでなく育休や短時間勤務、企業内保育所など、いろいろな支援が整ってきました。日本の企業が提供している施策は、世界的レベルで見てもかなり充実していると思います。
 リーマンショック後、2010年前後になると、海外戦略の中で、多くの企業がダイバーシティの考え方、女性の活躍推進を経営理念や長期戦略の中に位置づけてきました。
 その中でまず注目されたのが女性の消費行動です。調査によると、女性が購買権を持つことが圧倒的に多いことがわかりました。
 アベノミクスで注目された「202030」。これは2020年までに指導的立場の女性の比率を30%にするという目標です。役員の登用も増え、今年は女性役員の登用ラッシュとも言われています。
 また、女性の労働力にも注目されました。日本には、働けるのに働いていない女性が342万人いると言われています。彼女たちが働き出すと雇用者報酬の総額が7兆円程度増加する可能性がある。つまり、消費者として経済力を持ち、税金を支払ってくれるのです。
 国際的に見ると、世界経済フォーラムのジェンダーギャップ指数では2014年は142カ国中104位という結果でした。この試算は、教育・保健健康・政治・経済の4つのファクターから行います。日本は政治と経済における女性の割合が少なすぎるため、104位と誇れない順位になっています。
 2013年には政府は女性活躍推進を成長戦略の柱としました。今年6月に女性活躍推進法が衆議院で可決され、参議院で審議を経て今国会で成立という流れです。女性の活躍推進は後戻りできません。
 では、企業の現状はどうか。残念ながらいまだに6割強の女性が第1子出産を機に退職しています。一方で、大卒女性社員が仕事を辞める理由の1位は育児ではなく、仕事への不満や行き詰まり感という調査結果があります。働き続けやすい環境は整ったが、既得権意識が強まって意欲向上にはつながらないという意見もあります。
 また、あまりに働く母親支援策ばかりでは、独身や結婚して子どもがいない女性から見た不公平感や負担感が広がります。
 一方で、決定権を持つ経営幹部は圧倒的に男性が多く、多様な視点からの議論にはなりにくい状況があります。これまで投資家は主に財務的な部分に着目していましたが、リーマンショック以降は利益だけでなく、企業としてのあり方自体を見ています。管理職や経営層に女性が入っているかという視点からも評価を受けるようになりました。企業が女性活躍推進を重要な経営課題として捉えていく時代になったのです。

 企業の女性活躍推進状況

 企業の女性活躍推進状況を問題意識の高さを縦軸に、施策などの充実度を横軸にして4つに分けてみます。
 まず、意識と施策充実度ともに低い企業を私は「圏外」と呼んでいます。そもそも関心がないし、最低限の制度はあるが意識は昔ながらの性別的役割分担。女性は結婚して辞めていくからという暗黙の了解があるのです。
 次に、意識は高いが施策の充実が追いついてない企業は「途上」です。他社の取り組みに関心が高いが、あまり女性ばかり応援すると逆差別になるのではと心配し、なかなか踏み込めない感じです。
 それから、制度は十分充実しているが意識が追いついていない企業は「踊り場」です。制度があっても、利用しにくい雰囲気があったり、謳歌している人はいるけれど、本当に制度を使ってほしい人は使えない。良い会社ですが、次の一手が見えません。
 そして、両方が高い企業は「牽引」です。ここはトップの明確なコミットメントがあり、男女限らずフェアな働き方をしています。フェア=平等ではなく、個人が最も力を発揮できる支援があるということです。女性の管理職や役員を登用していて、いろいろな個性を持った多様な人材が活躍できる風土があります。
 このマトリクスで分析すると、多くの企業は「踊り場」にあるといわれます。環境はかなり整備されたので、次は制度を効果的に運用するために、企業文化や風土変革が求められます。
 日本生産性本部が実施した第6回「コア人材としての女性社員の育成に関する調査」では、「女性社員が部長・役員クラスになることを期待している」との回答が5割を超えています。おそらく5年前に同じ調査をしたら、この数字はもっと低かったでしょう。
















女性活躍推進の課題

 しかし課題は多くあります。先ほどの日本生産性本部の調査では「女性活躍推進の課題」に対し、6年連続で女性社員の意識の回答がトップでした。次に、管理職の理解・関心、育児・家庭負担への配慮、男性社員の理解・関心、経営者の理解・関心と続きます。制度は作ったが意識や行動の改革は追いついてないという認識のようです。
 では、上司は女性社員をどう見ているのか。「昇進や昇格することへの意欲が乏しい」との回答が8割で、これも毎年トップです。
 ちなみに、これは日本に限ったことではありません。Facebook COOのシェリル・サンドバーグが『LEAN IN』の本の中で「私ですら、本当は前に出ようと思った時に引いてしまうことがかなりあった」と書いています。LEAN INというのは、少し前傾姿勢になるような意味ですが、本当に自分がやりたいキャリアを作るには、チャンスが来たら引かないで、一歩前に出てつかむことがもっと必要だと思います。
 昇進や昇格をする時に、女性はワーク・ライフ・バランスや責任が重くなる事などを色々と考えて迷ってしまうし、「できないことは引き受けない」と考える部分があるかもしれません。男性は「来たものはとりあえず受けてから考えよう」とする、反応の違いがあると感じます。














違いを理解して施策を検討する

 また、女性の中でも仕事観に違いがありますので、これを「仕事観マトリクス」で考えてみました。縦軸はキャリアの向上意欲が高いか低いか。横軸は能力・実績が高いか低いかです。
両方とも低い方を、「ワリキリ」さんと呼んでいます。彼女たちは、与えられた仕事はこなしますが、仕事以外に関心がたくさんあって、仕事とプライベートを割り切っている。
 次に、意欲は高いけれど、力がついていない「空回り」さん。自腹で外の異業種勉強会に行くなど、意欲は高いけれど経験と場数が足りない。頭でっかち状態ですが、上司が正しくコーチングや指導をするとグッと能力を伸ばす可能性を秘めています。私もそういう時代があったと思います。今でもたまに空回りますけど(笑)。
 3つ目は、能力は高いのに、キャリアの向上には関心が高くない「安定維持」さん。自分の範囲内ではすごく有能です。上司は異動で変わってもその人はずっといますから、何でも解るし任せて安心。でも、新しいチャレンジはなかなか受け入れてもらえない。
 4つ目は、意識と能力の両方が高い「スター」。今の仕事を達成しながら、少し先も見ています。仕事のスピードがとても速く、他の人が2週間位かかるものを2日で仕上げたりする。この人は、常に少し高めのアサインをするとよいです。放っておいても伸びると思われがちですが、実はハイメンテナンスで、仕事の量やチャレンジが足りなくなると、物足りずに新天地へ転職してしまうこともあります。ちなみに、スターには2つのタイプがあります。
 タイプ1は、男性のように仕事をして成果をあげてきていて、「仕事に性別は関係ない」と考えます。一見、会社や男性社員から見て違和感はないのですが、後輩の女性からは、「あんな働き方はできない」と、思われることも多く、ロールモデルになりにくいのです。
 一方、タイプ2は、社外の人脈があったり、面倒見がよかったりします。チームメンバーが成長することで、自分の仕事を任せることができ、自分は次レベルの仕事ができると考えるので、育成に思いを持つ人も多いです。
 このマトリクスの意義は、女性を型にはめることではありません。企業はこのような違いを考慮せずに一律に「女性のため」の制度を作ってしまいがちなので、これを必要な施策の検討材料にしてほしいと思います。
 例えば、短時間制度や育休制度期間を延長しても、喜ぶのは「安定維持」さんと「ワリキリ」さんで、スターはあまり使わないでしょう。それは、20代の後半から30代の前半という最も力をつける時期に何年もブランクを作ることが、キャリアにどんな影響を及ぼすかを理解しているからです。先ほどの「踊り場」のように、良かれと思って施策だけを充実させると、キャリアアップよりワーク・ライフ・バランスを奨励する結果につながっているかもしれません。

具体的な取り組みの7つのポイント

 最後に、具体的な進め方を7つのポイントにまとめてみました。
1つ目は、多様な人材の活躍は企業の成長に不可欠であるという意識をトップ層から全社員と共有し、風土を醸成する。手間と時間がかかり大変ですが、これがないと、いくら制度を作ってもうまくかみ合いません。
 まず宣言をして、重要性や何をすべきかを社内に繰り返し発信する。一方的ではなく、どんなメリットがあるか、なぜこれが必要かを話し合ってもらうのもよいでしょう。
 2つ目は、女性に達成感と成長につながるチャレンジの機会を早期に与え、サポートすること。女性は結婚や出産などライフイベントに際して、仕事を続けるか、キャリアアップか、ワーク・ライフ・バランス重視かなど、迷います。大半の男性は迷わず仕事を続けていきます。
 3つ目は、女性だからと遠慮をせず、改善のための必要なフィードバックはキッチリ伝える。手心を加えてしまうことで、女性が鍛えられずに年数を経てしまうと本人の成長は期待できません。「泣かれたらどうしよう」と心配だと思いますが、言い方は気を付けるとして、はっきり伝えてよいと思います。後でフォローすれば大丈夫です。
 4つ目は、社内の支援制度は実態に即し定期的に見直すことを前提とし「既得権」ではないことを伝える。少し緊張感を持ちながら制度を使うことも必要で、それを最初の時点で明確に伝えていくことが大切だと思います。
 5つ目、過渡期である今は、昇進を決定する会議では、女性の幹部候補を毎回リストアップし、経営層と共有し育成計画を進めるとよいでしょう。
 6つ目、将来の役員候補である部門長の昇進に、女性のリーダーの育成実績を要件として加えることも有効です。私の経験では、昇進の条件となると皆さんかなり意識するようです。
 7つ目、社内外のロールモデルやメンターを積極的に活用する。世の中に有能な女性や活躍している人は多いので、そういう人たちとの出会いの場を作り、自分は何ができるかを考えてもらう機会を持つこともよいでしょう。
 最後に、皆さんの職場にも迷っている女性は多いと思います。そういう女性の背中を少し押してあげる。そして、お手並み拝見ではなく、しっかり支えてください。
 改めて、私自身のキャリアを振り返ると、どこかで、「やってごらん、困った時は相談に来い」と言ってくれた人がいたなと思います。それは上司やそれ以外の方もいらっしゃいました。そういう存在がいたからこそ、もう少しだけ頑張ってみようかなとか、少しハードルが高いけれどチャレンジしてみようかな、と思えた自分がいたと思います。
 ぜひ皆さんにも女性の背中を少し押して、支える役割を担ってほしいと思います。

(文責事務局)

【プロフィール】

アキレス 美知子(あきれす みちこ)  SAPジャパン株式会社  常務執行役員人事本部長

上智大学比較文化学部経営学科卒業。米国Fielding大学院組織マネジメント修士課程修了。富士ゼロックス総合教育研究所で異文化コミュニケーションのコンサルタントを始め、シティバンク銀行、モルガンスタンレー証券、メリルリンチ証券、住友スリーエムなどで人事・人材開発の要職を日本及びアジアで歴任。あおぞら銀行常務執行役員人事担当、資生堂執行役員、横浜市参与を経て、現在に至る。NPO法人GEWEL副代表理事、横浜市男女共同参画推進担当参与、日本生産性本部ダイバーシティ推進センター参与、ワーキングウーマン・パワーアップ会議推進委員およびメンター研究会座長。